僕がドイツで学んだ『強制はしない、でも無視もしない』子どもとの接し方

posted in: コーチング論 | 0

僕はドイツでこれまで多くの野球未経験の子どもたちに【野球】を伝える活動をしてきました。

たくさんの子どもたちと野球を通じて【楽しい】という気持ちを共有してきました。しかし中には、はじめて知る野球にたいして積極的になれない子も稀にいます。

去年の夏休み、僕と教師をめざしているチームメイトの2人で夏休みの野球クラスを受け持ちました。毎日違う子どもたちが野球場にやってきて、僕たちが野球を教えるという毎年恒例の夏休みのイベントです。

そんなある日、ただそのとき機嫌が悪かっただけなのか、野球に興味が沸かずやる気になれなかったのかわかりませんが、全く僕たちと一緒に野球をしようとしない子がいました。

そのとき僕は「したくない?OK、したくないなら見てていいよ」と強制することはせずそっとして野球を楽しんでくれている子どもたちに目を向けることにしました。

僕はドイツにきて4年で『強制をしない』という子どもとの接し方を学びました。

僕が日本にいるときの考え方だと、「野球しにここにきたんだよね?じゃあ野球しようよ」と言っていたと思います。「今は野球のクラスだから野球をしなければならない」という考え方でした。

それがドイツに来て「するしないの決定権は本人にある」ことを知り、『野球という娯楽』を強制することがおかしなことだと気付きました。

なので、僕はその子をそっとしておくことにしました。

しかし、教師をめざすチームメイトは、少し時間が経つと「どう?そろそろ一緒にしたくなった?」といたずらっぽい笑顔でその子に声をかけます。そっぽを向かれてもまた時間が経てば声をかけます。

もちろん、その子だけを気に掛けるわけではなく、一緒に野球をしていようが、していなかろうが、楽しんでいようが、機嫌が悪かろうがその場にいる全員のことを見ていました。

僕はその彼の姿に「子どもと接するってこういうことか」と気づかされました。

 

僕は強制をしないかわりに、その子へ目を向けることもやめてしまっていました。野球をする子だけで楽しもうとしていたのです。

なぜならそれが一番楽だからです。

でも子どもとの接し方で「無視をする」ことは一番やってはいけないことです。

そのときちょっと気分が乗らなかっただけかもしれません。再び輪に入るタイミングをたった一度逃してしまっただけかもしれません。

そこで手を差し伸べてあげるのが大人の役目で、その子のことも見ていなければそれはできません。

最終的にその子はバットを手に取り、力強くボールを打って笑顔を見せてくれました。

僕はその日のことを反省し、気づき、学びました。

チームメイトの『強制はしない、でも無視もしない』という子どもとの接し方は見習わなければならない姿勢で、彼はまだ勉強中ですが、きっといい先生になるだろうなと思いました。

コメントを残す