今見つめ直すべき部活動という学生スポーツの在り方

こんにちは。ドイツケルンの野球クラブで中高生の監督経験があるかたやまかずさ(@wataridorich)です。

 

531日にNumberに掲載された

 

令和の部活事情「帰宅部が1番人気って本当?」「部活でサッカーやるのはカッコ悪い」イマドキ中学生の本音(前編)

 

高校生も帰宅部(約20%)が増えている現役教師のため息「運動部を減らしたいのにOBOGの反発がすごくて」(後編)

 

部活動という学生スポーツの在り方を考えさせられる記事を読んだので共有します。

 

読み進めていく前に、大前提として、ぼくは部活は廃止して、スポーツはスポーツクラブで、文化系は専門教室で行った方がいいと考えているので、そのスタンスでこの記事を読み進めていきます。

 

もくじ


帰宅部が人気な理由

・スポーツはスポーツクラブでするから

・学校でする必要がないから


なぜ部活動が選ばれないのか

・忙しい素人の指導者

・部活動が原因の人数不足


なぜ部活は無くならないのか

・大人の価値観の押し付け

・学校とスポーツというシステム上の結びつき


まとめ

 

帰宅部が人気な理由

 

まずは帰宅部が人気である理由を元記事から引用してみていきます。

 

スポーツはスポーツクラブでするから

 

帰宅部には2種類あります。放課後はなにもしないでダラダラしている子たちと、地域のスポーツクラブに所属してバリバリやっている子たちです。たとえば、わたしの赴任先では全生徒400人のうち40人が帰宅部ですが、その8割はクラブチームで野球やサッカー、水泳をしています。

引用元:Sport Graphic Number Web

 

スポーツクラブでスポーツをしている生徒は、もちろん放課後にスポーツクラブへいくことになります。

 

部活動をしている暇はないので必然的に帰宅部になります。

 

 

学校でする必要がないから

 

ではスポーツをしない生徒はどうでしょう。

 

元記事ではこうあります。

 

生徒の趣味嗜好が多様化したことで部活へのニーズが低下しているんだと感じます。現在、私は文化部の顧問ですが、その中でもかつてパソコン部などは運動もできないし、部活もやりたくない生徒の逃げ場のような部でした。そのため人数が多くなりがちでしたが、今は数人程度。スマホがあるので、別に学校でネットをする意味はないですから当然ですね」

引用元:Sport Graphic Number Web

 

スポーツをしない生徒にとっても

 

部活自体に魅力がないのです。

 

 

なぜ部活動が選ばれないか

 

ではなぜ部活動が選ばれないのか。

 

それにはこのような背景があります。

 

忙しい素人の指導者

 

顧問が競技未経験であることは、この世界では珍しくなく、日本体育協会の調査によると運動部顧問の半数近くが門外漢だという。専門知識や技量がない指導者が、部員の実力を適切に評価して育成できるのだろうか。スポーツ部活から、デキる生徒たちが離れている背景には、教員の指導力への不安があるのだ。

引用元:Sport Graphic Number Web

 

本気でそのスポーツに取り組みたい生徒ほど、高いレベルの指導を受けることを望みます。

 

しかし部活動では指導者の半数が素人というのが現状です。

 

もっと言えば本職は“教師”です。

 

忙しい本職を持っている“素人”と

 

指導を生業としている“専門家”

 

どちらの指導を受けたいかなど聞くまでもありません。

 

 

部活動が原因の人数不足

 

また、指導者のレベルだけではなく、

 

「うちのサッカー部はもう単独では活動不能です。今の3年生が引退すれば、11人にはるかに満たないので試合ができません。おそらく、来年の新入生は試合ができない部活には入らず、地域のクラブチームに加入するでしょう。そして、部活はさらに人数が足りなくなり、また生徒がクラブチームに流れます。この悪循環からは容易には抜け出せない」

引用元:Sport Graphic Number Web

 

“学校”という母体に縛られているが故に「部員が足りない」という問題も少子化が進む現代では深刻になっています。

 

指導のレベルはクラブに及ばず、試合ができる人数が揃わない。

 

部活動が選ばれない理由としては十分過ぎます。

 

 

なぜ部活はなくならないのか

 

ではなぜ部活動は無くならないのでしょう。

 

そこには「大人の価値観の押し付け」と「学校とスポーツというシステム上での結びつき」があります。

 

 

大人の価値観の押し付け

 

「『部活は教育的にいいものだから全員に加入させよう』と教師が思い込んでいるのは、教師自身が体験した素晴らしい学校生活をあじわわせてやりたいというお節介。教師が部活をやりたがっているのではと指摘すると、『いや、子どもがやりたがっているんですよ』と返されます。ただ、それを言うなら『子どもが休みたがっています』『子どもがやめたがっています』とも返すことができます」

引用元:Sport Graphic Number Web

 

これはもう完全に「価値観の押し付け」です。

 

学校は子どものためのものですが、その学校を作るのは大人です。

 

大人が勝手に「子どもが部活をやりたがっている」と誤認識をしているのです。

 

本人の意思を無視した言動はただの押し付けでしかありません。

 

さらに

 

大規模校や伝統校ではOBOGからの反発がものすごくて、容易に部活を減らせない。ある学校では野球部をなくそうとしたら、校舎にOBが乗り込んできたこともありました。

引用元:Sport Graphic Number Web

 

こうなってはもう子どもの意思は関係ありません。

 

OBOGのために残す形式だけの部活動など何の意味があるのでしょう。

 

でもこういった理由で残っている部活動もあるようです。

 

 

学校とスポーツというシステム上での結びつき

 

現状の高校スポーツの最高峰といえば「甲子園」「国立」「花園」などがあげられます

 

これは全て高校の部活という組織でのみ参加が許されています。

 

高校とスポーツの大会が結びついているから部活に入っているだけで、

 

仮にクラブチームもその大会に参加できるようになったら、上で記したような理由から、

 

部活離れというのはさらに加速するでしょう。

 

「(高校で)部活動がしたい」のではなく、「大会を目指すなら(高校で)部活動をするしかない」

 

という選択肢の無さが、かろうじて高校の部活動を保っているという考え方もできます。

 

スポーツで上を目指したい子どもをシステムで学校に縛り付けているのです。

 

そしてそれを教師も利用します。

 

部活は生徒指導の数少ないツール。『学校生活をおろそかにすると試合に出さない』などと暗に仄めかし、授業や生活態度を指導するのです。

引用元:Sport Graphic Number Web

 

スポーツという子どもにとって大切なものを人質をとって脅すのです。

 

はたしてそれは正しいアプローチでしょうか。

 

このように大人が子どもを縛り付けておくためにも“大人にとって”部活動はなくしてはいけないのです。

 

だから部活動は無くならないのです。

 

まとめ

 

学校と地域でのスポーツ活動を完全に切り離すことを提唱したい。地域でのスポーツ活動は、複数の学校の生徒が自由に参加できるような形で、学校とはまったく関係のないものにすべきです」

 

これは記事中にあった名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授の内田良氏の意見ですが、ぼくも全面的に同意します。

 

大人の価値観を押し付けたり、生徒をしばりつけるためだけに残る部活動というものに意味は見出せません。

 

今回は趣旨がブレるので取り上げませんでしたが、「教師の部活における負担」なども問題になっています。

 

「本職以外に手を取られ、本職である授業が疎かになる」など本末転倒です。

 

お時間ある方は、ぜひ記事を一度読んでいただくことをお勧めします。

 

ぼく自身学生時代は部活動をやってきて、その時のチームメイトは今でも大切な友人です。

 

部活動でのいい思い出や、いい経験をしてきたことはぼくの財産でもあります。

 

しかし、部活動がなければいい経験ができなかったのかと問われると、

 

同じ経験にはなっていないと思いますが、似たようにいい経験はできたと思います。

 

このことから言えるのは、学生時代に必要な経験というのは必ずしも部活動である必要はないということです。

 

教育や進路などスポーツにいろんなものが結びつけられているのが部活動です。

 

もっとシンプルに「学校は勉強をするところ。スポーツはスポーツクラブでするもの。」これでいいとぼくは思います。

 

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